アタマを丸めること

世間・マスコミは亀田反則問題で盛り上がっているようだ。

自分にとっては、ボクシングそのものに興味が無いので、反則をしようが、

特に騒ぎ立てることのことでもないぐらいにしか思っていないのだが、

謝罪会見で、反則の張本人の亀田大毅も、興毅も丸刈りアタマで登場したことが

印象的だった。

謝罪⇒丸刈り

という図式が、実に分かりやすいというか。和風だなぁという感じ。


しかし、大毅の場合はアタマを丸めてきたものの無言の会見だったために、

謝罪になってない!という意見も多いそうだ。

どうやら、丸刈りは謝罪の必要条件ではあるが、十分条件ではないわけで、

とりあえず頭を丸めれば、丸く収まると考えていた(かもしれない)

大毅くんには誤算だったろう。


興毅の場合はナントカ無事に会見を終わらせて、好印象を与えることに成功したようだが、

ここで丸刈りが謝罪に与えた影響というのは果たしてどの程度だったのだろうかが気になる。

果たして丸刈りにしなければ、世間様は「なっとらん!。反省のイロが無い!」と

激怒するのであろうか。

ワダアキコと呼ばれる自称(?)芸能界ご意見番も納得しなかったであろうか。

否。

丸刈りというのは、実はスパイスみたいなものなのだ。

例えば、店でラーメンを注文したとして、さてコショーは…と見回しても、あいにくどこにも

見当たらないとしますね。

仕方なく、コショー無しでラーメンをすするが、まあ美味しいのは美味しいのだが、

何かモノ足りないなぁ…という感じ。まさにそれだ。

このように、丸刈り=スパイス説を採ると、大毅の謝罪会見の失敗が分かる。

肝心のラーメン(=謝罪内容)がマズければ、いくらコショー(=丸刈り)が効いてても

お客(=世間・マスコミ)は不満なのだ。


ところで、謝罪における丸刈りというのは、髪を生やしていたヒトだけに使えるワザだ。

すでに坊主化しているヒトには使えない。

いったん髪を生やした上で、丸刈りをするということも出来なくはないだろうが、

それでは謝罪のタイミングを逸してしまい非現実的だ。

というか、丸刈りにするために髪を伸ばしてまーすなんて言おうものなら、

火にアブラだ。

これは坊主アタマのソンなところだと思う。

最初からハゲてるならともかく、わざわざ坊主にしちゃっているのは、

むざむざと謝罪アイテムを放棄するに等しいことなのだ。

従って、いざという時のためにも、髪は生やしておいたほうが良いと思う。


しかし、坊主アタマが謝罪にスパイスを効かせることができないというのでは、

芸が無いではないか。

すでに髪は無い。ならば髪に頼らない方法しかない。

例えば、土下座なんかどうだろう。

実際に丸刈りよりも強力な謝罪の体現かもしれない。

大毅君は、もう丸刈りというアイテムは使ってしまった。

次に謝罪会見が開かれるのならば、土下座。これですよこれ!